2013年11月25日

ヌルコス。ガチコス。コスプレ武者。:>バトル系合戦考 考。

ヌルコス。ガチコス。コスプレ武者。:>バトル系合戦考 考。
執筆者:JMK
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※注意
長文になります。
また、一部の人にとっては刺激的な内容も含まれております。
長文を読めない人や、すぐに頭に血が上り冷静に読めない人、
好きだor嫌いだでしか判断できない日本語読解力のない人、派閥思考しかできない人等は、「戻る」ボタンで去り、読む事をお控えください。

















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さて。良いのですね?
でわ。


バトル系合戦と、コスプレ界隈の両方にまたがって足つっこんでいる者として言いたい事あるのでエントリー。

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まずは、一文字先生によるこちら↓のエントリーをお読みください

>> バトル系合戦考
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1916520727&owner_id=1269174
(後ほどTB(トラックバック)も送らせていただきます)

まさに、まったく同意。激しく同感。です。
私が言いたい事を既に言ってくれていて、

「よくぞ言ってくれましたぁぁあ!」

って感じです。まったくもって正論。
と思います。
とはいえ、定義的な面で一つ、補足的なツッコミ入れさせていただきたいので記します。

↑の文中、「コスプレ武者」と蔑称的に使用されていますが、これだとおかしくなってしまいます。
言葉の定義としては、
コスプレ=コスチュームプレイですので、
コスチューム(衣装とか装備)+でプレイ(演技とかナニカ)をする。のが「コスプレ」です。
映画や演劇や再現撮影やサバゲなどのも広義の意味での“コスプレ”。
これが広義でのコスプレとなります。
つまり、一文字先生がやられている事も“コスプレ”のひとつであり、
「コスプレ武者では~~」と言われては、自分自身の説も批判対象となってしまいヘンな事になってしまいます。
もちろん、アニメやマンガやゲーム等のコス+プレイを指して使用されておられるのだと、前後の文脈から判断できますので、それらを“狭義のコスプレ”と、ここでは呼称します。

さて、↑のエントリー記事で批判されている点はまったくもって私も同意見であり、よーするにそこは、

「“着ただけ”武者」 と呼び替えるべきだと推奨いたします。意味合い的に。

「着ただけ」とは、コスプレ界隈でも蔑称として使用されている用語であり、近年頻繁にトラブル元となっている問題でもあります。

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【コスプレ界隈の視点から】

さて私は、ご存知のように、コスプレ界隈のほうにも足つっこんでいます。
ですので、現在のコスプレ界隈での事情や価値観の視点からも書いてみたいと思います。

コスプレ界隈でも、“着ただけ”は批判というか蔑みの対象となっています。
よーするに、ヌルい。と。
“ヌルコス”、逆は、“ガチコス”という用語になるでしょう。

コスプレ界隈での価値観として、おおまかに観て、2つの価値観があり、両者は対立するものではありませんが、志向傾向としてどちらに力を入れていくか?で多くのコスプレイヤー(以下、レイヤーと略す)がぶち当たる問題でもあります。


・ガチコス派。
“完コス”という用語も近似の用語。
なるべく原作キャラに近づくように努力し、主にスタジオやロケで撮影活動を中心とする派。


・交流派。
主に、レイヤー同士で慣れ合う事を優先し、コスイベント等の機会におしゃべりしたりを優先する派。


もちろん、この両派は相反する価値観ではなく、両方を兼ねることも当然可能ですし、兼ねよう、としている人も沢山いらっしゃいます。
けれども、「どちらを優先するか?」の選択を迫られる局面になった時に、志向方向の違いでモメる事もあるのが一面の現実でもあります。


コスプレ界隈の習慣というか活動形態として、“◯作品名◯あわせ”というものがあります。
ある作品をテーマに、その登場キャラクターのコスする人達で集まって楽しみましょう、という活動です。
例:エヴァあわせ、マクロスFあわせ、進撃あわせ、歌プリあわせ、等など。

そうした“◯◯あわせ”の際に、方向性の違いでモメる事が多々あります。

交流派が多いあわせでは、キャラクターへの愛情(腐った愛情w含む)を語り合う事にエネルギーを使ったり、いわゆるネタ写を撮ってキャッキャウフフする事にエネルギーや時間配分を優先する事が多いです。

一方、ガチコス派(撮影派と呼ばれる事もあります)は、コス写真の再現性に力を注ぎ、衣装・ウィッグ・メイク・造形(鎧や武器)に時間もお金もかけ、スタジオやロケのシチュエーションにこだわり、ポーズや所作も研究し、ライティングや構図にこだわって撮影し、撮影後にもレタッチや画像加工などに力をかけ、徹底的に作品性を求める方向にエネルギーや時間配分を優先する事が多いです。

この両者が運悪く一緒に居合わせてしまったらどうなるか?
それがこの問題の本質に似ていると思います。

交流派からしてみれば、
「なにあの人達、気合入れすぎーwwキモーイ。ウチら仲良く慣れ合いたくてやってんのに、なにカリカリしちゃってー キャハハww」
でしょうし、これはこれで一つの価値観。

また逆に、ガチコス派からしてみれば、
「なにあの人達、ぜんぜん気合入ってないじゃない、ヌルいww作品よく知ろうともしないで着ただけのくせに作品愛が足りないよね。テキトーな衣装でありえないポージングとかwwあのキャラはそんなポーズしないわよ。スタジオ代もタダじゃないんだし、お金も時間もかけて準備してきたんだから無駄にはしたくないのよ、いつまでくっちゃべってお菓子食べてんのよ早く撮影しましょうよ!」
となるわけです。これもこれで一つの価値観。

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続く。


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続き。

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ここで、ジャンルは違えど自分と似たスタンスで、尊敬する友人の言葉を引用させていただきます

>色々な事に憧れるのは勝手ですが、誰にでも到達できる処ばかりではありません。相応のレベルに達せない方は本気で頑張っていないだけで、何処で甘くみているだけです。遊びだからといって甘く見ず真剣に取り組めば良いだけです。楽しめる人とそうでない人との差は本気度の違いが原因じゃないかなと!


まったく同感。同じ想いです。
ようは、“愛”のミナギリ度です。


コスプレ世界でも、同じ価値基準です。
本当に本気でコスプレしよう、と愛がみなぎってる人は、
衣装だけでなく、その所作にリアリティをもたせる為に訓練します。
ダイエットや運動して肉体改造までします。
より、近づくために。

同じなのですよ、本気になれば。

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私の事例で言えば、そうですね、今年の例で言えば、エヴァコスでの登山が該当します。
たった2~3秒しかないシーンのコスプレをするために、ゲンドウ役の彼は、少ない資料から民俗学の資料や服飾資料を調べ、布を探し、自作で作り、装備品も探しまわって買い揃え、ふさわしい場所を探し、登山訓練を積んだのち、そして本番3000メートル級登山にチャレンジ。
3日かけた行程を経て、たったワンショットのコスプレ写真を撮れたわけです。

気合入っています。本人も自嘲するくらいガチでした。

「なんだか理解不能だけど気合入っている」

は、オタクとしての最大限の褒め言葉、勲章ですよ。
ちなみに、やりきった達成感で感涙したそうです。

マニアの熱情恐るべし。

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さて、けれども、誰もが最初からそんなに気合入ってるわけではありません。
最初はヌルコスから入る人がほとんどです。
けれども何かのきっかけで、気合入れる方向に進みだし、ガチコス派になっていくわけです。
ですので、ヌルコス派のほうが数で言えば多数です。
が、評価されるのはガチコス派の人達。

「自分も評価されたい!(≒呆れられたいw)」

の熱情が突き動かし、ヌルコスからガチコスへ進んでいくわけです。(ハマる、とも言う)

せっかくの機会があったのですから、それをきっかけに、より深いトコロへ一歩進んでみるのも建設的というものではないでしょうか。
人生は一度きり、動ける時間も有限ですぜ。

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もちろん、誰もが頂上を目指してガチで行くべし、なんて言うつもりはありません。
頂上を目指していくのではなく、裾野のほうでキャッキャしているのもそれはそれで楽しみ方のひとつです。
けれども、これだけは言っておきますが、ヌルコスしている人には、頂上を目指してガチでやっている人達を批判したり嗤ったりする資格はありません。
ましてや、
ガチの人達同士で交流しようぜ、の会、すなわち、ガチ+交流の場に来て、ヌルコス理屈振り回すのはやめていただきたい。
ただでさえ、ガチ好き同士で交流できる場、機会は少ないのです。
私達のパラダイスを荒らすようなことはしないでください。
どうしても相容れないのならば、余所に棲み分けていただきたいです。

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鎧武者コスやる人達は、10数年前に比べれば沢山に増えました。
けれどもその中でガチ系は少数派でしょう。
少数派なのは自覚してますので、それでもいいのです。
わかる人だけわかり、同じガチ好き同士で交流したい。
そういう楽しみ方の場ですので、ご理解いただければ、と。

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長文にお付き合いいただきありがとうございました









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さらに続き。


コスプレ界隈では、じつは、
ヌルコス交流派にかわって、ガチコス撮影派が多数派に変わりつつあります。
その要因には様々な事が考えられますが、
ネットの充実、デジタル機器(デジカメ)の爆発的普及、コスプレ技術の飛躍的向上、既成品市場の拡大、
などなどの要因により、

「より他者よりもクオリティ高く、より原作に近く、より他者よりも目立ちたい」

の欲求が叶えられやすくなってきた、という面もありましょう。
つまり、ヌルくやってるだけではつまらなくなってきた、飽きた。
が原因。

人には誰しも向上心というものがあり、より高いクオリティを求め始める事が可能になれば、追求していくのが自然な姿です。
そのための、技術(テクノロジー)と機会(発表の場)があれば、そこで上を目指していくわけです。

この事は、コスプレへの参入がしやすくなり、コスプレイヤー人口が数として多数になった事が大きく、
その中で切磋琢磨する習慣が肯定的にとらえられている風土もあるでしょう。

「数が増えれば→質が低下する」

のも残念ながら現実の一面ですが、一方、

「数が増えれば→質の高い人達も登場しやすくなる」

のも一面です。
その、上澄みの、高いクオリティの人達が目立つ場所に出るようになり、それを見た人達が「自分も!」と刺激されて向上心に燃える。
そういう建設的なサイクルが繰り返されています。
いわば、指導者・教導者みたいな存在です。

このように、全体的な数の増加は嘆かわしいことばかりではなく、建設的な方向に作用する面もあるのです。

もうひとつ重要なのは、コスプレ界隈では、観た人が評価をつける仕組みができつつあります。
これには良い面悪い面もありますが、やはり、クオリティ高い人にはやっぱり高評価がつく風土があります。

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さて。

「コスプレ」と観た場合でも。

・槍の操法もおぼつかないコスプレ武者(ヌルコス武者)と、
・鍛えぬかれた技で武器を操るコスプレ武者(ガチコス武者)と、

どちらが「コス+プレイ」として評価が高いか?格好良いか?キマってるか?

コスプレ視点からも、答えは明白ですよね。

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では、よりクオリティ高い「コスプレ武者」になりたい、と思ったら?
まずはなにをすべきか? お分かりかと思います。


指導者や、訓練できる機会は、近いところにいるし、ありますよ?







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Posted by 武士ナビ at 20:03│Comments(0)その他
 
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